聖書から「祈る教会」

「まことに、もう一度あなたがたに言います。あなたがたのうちの二人が、どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。」マタイの福音書18章19~20節
イエス様は「わたしの教会を建てます。」と言われました。この言葉はイエス様の地上での目的が示されています。それは教会をつくることです。冒頭の聖書のことばは教会について描いています。教会は二人でも三人でも集まる所から始まります。一人では教会にはなりません。教会は少なくとも二人以上が一緒に集まる所から始まります。それは私たちの信仰生活が一人では成り立たないことを示しています。たとい、自分は一人でもやっていけると自負しても、信仰は教会生活なしには成り立たないのです。また教会は、「二人か三人がわたしの名において集まって」とあるように、イエス様の名において集まるところです。イエス様の名において集まらなければ、それは教会と呼ぶことはできません。
さて、二人でも三人でも集まって教会は何をしている所なのでしょうか。それは祈りです。教会は祈る教会であるべきです。主の名において集まるとは、主であるイエス様に祈ることを意味しています。教会は他の理由で集まるのでなく、主イエス様の名を呼び、祈るために集まるのです。祈りの内容について、どんな事でもかなえられるとあります。しかしこれは私たちの勝手な祈りを指していません。祈りはいつも神様の御心に適うものであるべきです。それは他の人々のために、神様のために、愛の祈りをささげることです。とりわけ、主の恵みを必要としている人々のために祈るべきです。イエス様は、「人の子は失われた人を探して救うためにきた。」と言われました。教会は失われた人々の救いのため祈る使命が与えられています。教会の門はいつも祈りを通してこの世界に開かれています。(牧師 笠川徹三)


