聖書から「神様は私たちを忘れない」

「見よ。神が私を殺しても、私は神を待ち望み、なおも私の道を神の御前に主張しよう。神もまた、私の救いとなってくださる。神を敬わない者は、御前に出ることはできない。」ヨブ記13章15~16節                          

 上記の言葉は、信仰者としてヨブが語り得た最高のものです。度重なる苦難の果ての言葉です。彼が苦労して築いた財産がひとつひとつ奪い去られ、ついにすべてを失うことになりました。さらに彼が自分のいのちに代えても良いとさえ思っていた子どもたちが一瞬の災害によって失われました。それだけにとどまらず、ヨブ自身の体が重い病にかかり、彼の再起は不能とだれもが思ったのでした。彼の妻はあまりの苦難に耐えきれず、彼のもとを去って行ったのでした。このような絶望的な状況の中で、彼はこの言葉を語りました。「神様が私を滅ぼすようなことがあっても、私は神様が最善をなしてくださるお方であることを信じます。」と告白したのです。何一つ神様からの良きことを発見できない状況の中でも、ヨブは神様が良きことをなしてくださると信じたのです。

 ヨブの言葉が彼の最高の信仰告白であることを認めつつも、私たちが覚えるべきことがひとつあります。それは、神様が私たちを滅ぼすことなど絶対にあり得ないことです。確かに、父が自分の子どもを懲らしめるように、神様が私たちを試みられることがあります。それは私たちがキリストに似た者とされるための訓練の過程なのです。神様は私たちを決して忘れることなどないのです。イエス様はこう言われました。「わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは永遠に、決して滅びることがなく、また、だれも彼らをわたしの手から奪い去りはしません。」(ヨハネの福音書10章28節) 神様は私たちを滅ぼすお方ではありません。私たちの良い羊飼いであり、守り手なのです。たとえ捨てられたように思えても、いつまでも続くわけではありません。やがて必ず回復の時が来ることを信じるべきです。(牧師 笠川徹三)