聖書から「キリストのよみがえりの力にあずかる」

「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、ちょうどキリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、新しいいのちに歩むためです。」ローマ人への手紙6章4節

今日は、主のよみがえりを記念する礼拝の日です。救い主イエス・キリストは、十字架にかかり死んだだけでなく、よみがえられました。キリストの死が、どんなに偉大な出来事であったとしても、また全人類のための身代わりの死であったとしても、よみがえられなかったら本当の救いにはなりません。物語に前編と後編とがある場合、前編だけでは中途半端です。後編があってはじめて物語が完結するのです。そのように、救いは、イエス様の十字架の死だけでなく、よみがえりの出来事をもって完成するのです。

私たちは、信仰によって、主の十字架とよみがえりにあずかるのです。主が十字架で私たちの罪の身代わりになって死なれました。私たちもその死にあずかり、主とともに死ぬのです。そして、主が復活されたように、私たちも主とともによみがえるのです。これは古い自分に死に、新しい自分に生きることを意味しているのです。私たちは罪のゆえに死んだも同然のものです。この死の様からよみがえるためには、十字架による罪の赦しを受け入れ、主のよみがえりの力にあずかることです。

主のよみがえりを記念するこの時、私たちは、キリストのよみがえりの力にあずかっていることを再確認したいと思うのです。罪のゆえに無力とされてきたさまざまな困難や問題に対して、私たちが勝利を持つことができることを覚えたいのです。自分の力ではどうすることもできない問題に対して勝利することができるのです。 (牧師 笠川徹三)