聖書から「神様の点検」

「 わたし、【主】が心を探り、心の奥を試し、それぞれその生き方により、行いの実にしたがって報いる。」 エレミヤ書17章10節

 大きな建物の場合、消防署から定期的に立ち入り検査が行われます。建物の構造、設備、防火管理の状況などの検査をします。法令に基づく基準に適合しているか、否かを検査します。点検後不備な点があれば、すみやかに改善することが求められます。消防署からの定期的な検査によって建物は相応しい状態に整えられるのです。点検させられることは大切なことです。

 さて、上記の聖書箇所は神様の私たちに対する点検について語っています。神様の点検は外面的な状態より、むしろ内面的な状態に焦点が当てられています。うわべをどんなに良くしても、神様の関心を惹くことはできません。神様の関心は私たちの心の深いところに何があるかについて、また私たちの考えの背後の動機に関心があります。大事なことは神様が点検する目的は私たちを打ちのめすためではなく、むしろ私たちの中から良い答えを引き出すために繰り返し行なわれるのです。

 その良い例はイスラエル民族が荒野で過ごした40年間です。神様は彼らをエジプトの奴隷状態から脱出させ、約束の地カナンを目指してシナイの荒野に導かれました。約束の地まで20日間もあれば十分に到達できる距離でした。しかし彼らは40年間シナイの荒野を放浪することになりました。彼らは神の民としてふさわしく整えられるために、繰り返し点検させられたのでした。

 私たちもイスラエル民族と同じように繰り返し点検させられています。それは荒野の体験のようです。私たちはさまざまな問題の中で揺さぶられ、不安に襲われたりします。そのとき神様への信頼が試されます。神様は私たちに「わたしを信頼するか」と問われます。私たちが直面する問題は私たちの内側にあるものをあぶり出します。そして神様は私たちの中にある不純物を取り除き、神様への信頼を築き上げてくださるのです。(牧師 笠川徹三)